スピードの系譜を受け継ぐラバー
株式会社タマスが展開する卓球用品ブランド「バタフライ」は、数々の革新的な製品で世界のトッププレイヤーから愛好家までを魅了し続けています。その中でも「ブライス」シリーズは、かつてスピードグルー時代に一世を風靡した、スピード性能の代名詞とも言える存在でした。今回取り上げる『ブライス ハイスピード』は、その名を冠し、現代の卓球シーンに合わせてさらなる進化を遂げたラバーです。
本製品は、バタフライのラバーラインナップにおいて「最速」を謳っており、そのコンセプトは極めて明快です。スピードを最優先し、一撃の威力で相手を打ち抜くことを目指すプレイヤーのために開発されました。この記事では、公式データと数多くのユーザーレビューを基に、『ブライス ハイスピード』の性能を多角的に分析し、その真価に迫ります。
性能を支える二大技術
『ブライス ハイスピード』の驚異的なスピード性能は、バタフライが長年培ってきた二つの核心技術によって実現されています。
進化した「ハイテンション技術」
「ハイテンション技術」は、ゴム分子そのものにテンション(張力)を与え、ラバーの反発弾性を極限まで高めるバタフライ独自のテクノロジーです。18年以上前に初めて世に出て以来、絶え間ない研究開発によって進化を続けてきました。『ブライス ハイスピード』に搭載されているのは、その最新版であり、他の追随を許さないボールスピードの源泉となっています。この技術により、ボールがラバーに当たった瞬間に爆発的なエネルギーが生まれ、高速で射出されるのです。
独自開発「マイクロレイヤー」
もう一つの重要な技術が、特許取得済みの「マイクロレイヤー」です。これは、ラバーの表面シートを従来よりも薄く設計する技術で、打球時にシートが大きくひきつれる(変形する)ことを可能にします。この大きな変形がボールを強く掴み、スピードを損なうことなく強い回転をかけることにも貢献します。薄いシートはまた、スポンジの性能をよりダイレクトにボールに伝える効果もあり、ハイテンションスポンジとの相乗効果で、さらなるスピードアップを実現しています。
性能徹底分析:データと使用者レビューから紐解く
『ブライス ハイスピード』の性能を、公式指標と実際の使用感の両面から深く掘り下げていきます。
公式性能指標とパフォーマンス特性
バタフライが公表している性能指標は以下の通りです。スピードが突出して高い一方で、スピンや弧線の作りやすさは、同社のスピン系ラバー(テナジーやディグニクスシリーズ)と比較すると控えめな数値設定になっています。スポンジ硬度35度は、バタフライの基準では比較的柔らかい部類に入りますが、多くのユーザーは打球感を「硬め」と感じています。これは、反発力が非常に高いため、ボールが食い込む前に弾き出される感覚が強いためと考えられます。
さらに、バタフライ公式サイトではパフォーマンスを視覚化したレーダーチャートも公開されています。これを見ると、「ドライブのスピード」と「一発強打の威力」が最高レベルに達していることが一目瞭然です。一方で、「コントロール」や「ブロックのやりやすさ」は相対的に低い評価となっており、このラバーが極めて攻撃に特化した設計であることを示唆しています。
スピード性能:他を圧倒する直線的な弾道
『ブライス ハイスピード』の最大の魅力は、その名の通り圧倒的なスピードです。多くのレビューで「バタフライ製品の中で最速」「テナジーよりも速い」と評されており、特にスマッシュやスピードドライブといったフラット系の打法でその威力を最大限に発揮します。ボールはネットを低く、直線的に突き刺さるような弾道を描きます。この特性は、相手に反応時間を与えず、一発で打ち抜く決定力を生み出します。
「ブロックは魔法のようです…何の努力もいりません…間違いなくバックハンド向きのラバーです。」
この高速な弾道は、カウンターやブロックにおいても強力な武器となります。相手の強打に対してラバーを合わせるだけで、非常に速いボールが返球されるため、守備的なプレーのはずが攻撃的な一打に変わることも少なくありません。
スピンとコントロールのバランス
絶対的なスピードと引き換えに、スピン性能とコントロール性能には課題が残ります。多くのユーザーが指摘するのは、球持ち(dwell time)の短さです。ボールがラバーに接触している時間が極端に短いため、回転をかけるための十分な摩擦を生み出すのが難しいのです。
特に、ボールを薄く擦って回転をかけるループドライブや、台上の細かいコントロール(切れたツッツキやストップ)は、スピン系ラバーに比べて難易度が高くなります。あるレビューでは「ループを習得するのは非常に難しい」と述べられており、少しでも打ち方がずれるとネットミスやオーバーミスに繋がりやすい、非常にミスに対する許容範囲が狭いラバーと言えます。
各技術の評価:得意・不得意なプレー
ユーザーレビューを基に、各技術との相性をまとめます。
- スマッシュ、フラット打ち:【非常に得意】。ラバーの性能を最も引き出せる技術。硬めの打球感と高い反発力が、ノータッチエースを狙えるほどのスピードを生み出す。
- ブロック、カウンター:【得意】。相手のボールの威力を利用して、非常に速い返球が可能。特にカウンタードライブは強力な武器になる。ただし、弾きが強いため、当てるだけのブロックではオーバーミスしやすい側面もある。
- スピードドライブ:【得意】。ボールに食い込ませて前方向に振り抜くドライブは、スピードと威力を両立できる。擦るのではなく、インパクトの強さで飛ばすイメージが重要。
- ループドライブ:【不得意】。球持ちが短く、回転をかけにくいため、安定性に欠ける。特に打点を落とした状態からのループは非常に難しい。
- 台上技術(ツッツキ、ストップ):【難しい】。弾みが強いため、短くコントロールするのが難しい。切って止めるようなプレーはほぼ不可能との声も。一方で、スピードを活かした攻撃的なツッツキ(流し)は相手を詰まらせる効果がある。
- サーブ:回転量はスピン系に劣るが、スピードのあるロングサーブや、回転の分かりにくいナックルサーブが出しやすいという利点がある。
ユーザーレビューから見る長所と短所
使用者たちの声をまとめると、『ブライス ハイスピード』の評価は明確に分かれます。その長所と短所は表裏一体の関係にあります。
長所:スピード系ならではの強み
- 圧倒的なボールスピード:スマッシュやカウンターで、他のラバーでは出せない速度域のボールを打てる。
- 優れたブロック・カウンター性能:相手の力を利用して、楽に速いボールを返せる。前陣での高速ラリーに強い。
- 相手スピンの影響を受けにくい:球持ちが短いため、相手の強い回転がかかったボールに対しても比較的合わせやすい。
- 軽量:ラバー自体が軽いため、ラケットの総重量を抑えたいプレイヤーや、スイングスピードを重視するプレイヤーに適している。
- 直線的な弾道:相手コートに低く突き刺さるため、相手は非常に対応しづらい。
短所:使用者が語る難しさ
- コントロールが非常に難しい:球離れが速すぎるため、繊細なボールタッチが要求される。ミスへの許容範囲が極めて狭い。
- 回転量が不足している:ループドライブで安定して弧線を描いたり、ツッツキを鋭く切ったりするのは難しい。回転で勝負するスタイルには向かない。
- 初心者には不向き:基本的な技術が固まっていないと、ラバーの性能に振り回されてしまい、ネットミスやオーバーミスを連発する可能性が高い。
- 独特の打球感:テナジーシリーズなど、近年の主流であるスピン系テンションラバーとは感覚が大きく異なるため、慣れるまでに時間がかかる。
推奨されるプレイヤー像と用具の組み合わせ
これらの特性から、『ブライス ハイスピード』は万人に勧められるラバーではありません。以下のような特定のプレースタイルを持つ上級者向けのラバーと言えるでしょう。
「フルスイングで一発の威力を重視する選手や、フォアまたはバックの攻守にスピードを求めるプレーヤーにお勧め。」
- 前陣〜中陣でプレーし、ピッチの速さで勝負する選手
- 回転よりも、スマッシュやミート打ちなどのフラットな打法を多用する選手
- バックハンドに貼り、ブロックやカウンターでチャンスメイクをしたい選手
- 表ソフトからの移行を考えているが、裏ソフトの球質も残したい選手
ラケットとの組み合わせについては、ユーザーレビューでは、硬いカーボンラケットと組み合わせるとコントロールがさらに難しくなるという意見が見られます。逆に、少ししなりのある木材合板やインナーファイバー系のラケットと組み合わせることで、球持ちが多少改善され、コントロールしやすくなったという報告もあります。ラバーの個性をどう活かすか、またはどう補うかによって、最適な組み合わせは変わってくるでしょう。
結論:誰のためのラバーなのか
『バタフライ ブライス ハイスピード』は、「スピード」という一点において究極を追求した、極めてピーキーな性能を持つラバーです。その圧倒的な速さは、決まった時の爽快感と決定力において、他のラバーでは味わえない魅力を持っています。
しかし、その代償としてスピン性能とコントロール性能は大きく割り切られており、使いこなすには高い技術レベルと、このラバーの特性への深い理解が不可欠です。回転を主体とした現代卓球の主流からは少し外れた存在かもしれませんが、自らのプレースタイルに「絶対的なスピード」という武器を加えたいと考えるプレイヤーにとって、これ以上ない選択肢となるでしょう。
これは、安定性や万能性を求めるのではなく、リスクを承知の上で一撃の破壊力を追い求める、挑戦者のためのラバーと言えます。




