2021年11月にバタフライから発売されたツブ高ラバー「イリウスS」は、従来のツブ高の常識に一石を投じる製品として注目を集めています。単なる変化や反転性能だけでなく、「安定性」と「自ら回転を生み出す能力」を高い次元で両立させることを目指して開発されました。本記事では、公式情報と数多くのユーザーレビューを基に、イリウスSの性能を徹底的に解剖し、その真価に迫ります。
イリウスSとは?革新的ツブ高ラバーの誕生
イリウスSは、バタフライが長年培ってきたスポンジ開発技術をツブ高ラバーに応用した意欲作です。シートだけでなくスポンジの役割に改めて着目し、「アブソーバー スポンジ ヘビー」という新技術を搭載。これにより、「変化と相手の打球の抑えやすさ」を追求した、新しいタイプのツブ高ラバーとして誕生しました。
基本スペック
まずはイリウスSの基本的な仕様を確認しましょう。
| 製品名 | イリウスS (ILIUS S) |
|---|---|
| 発売日 | 2021年11月1日 |
| タイプ | ツブ高ラバー |
| テクノロジー | アブソーバー スポンジ ヘビー |
| スポンジ硬度 | 45度 |
| 性能指標 (バタフライ基準) | スピード: 6.5, スピン: 4.25 |
| スポンジ厚 | ウス(1.1mm), ゴクウス(0.5mm), 超ゴクウス |
| 価格 | 2,970円(税込) |
| 原産国 | 日本 |
核心技術:アブソーバー スポンジ ヘビー
イリウスSの最大の特徴は、ブリティッシュグリーン色の新開発スポンジ「アブソーバー スポンジ ヘビー」です。スポンジ硬度45度は、ツブ高ラバーとしては硬い部類に入ります。一般的にスポンジが硬いと粒が倒れやすくなり変化が大きくなる一方、弾みが強くなりコントロールが難しくなる傾向があります。
しかし、このスポンジは「硬いのにもかかわらず打球の衝撃をよく吸収する」という、相反する特性を両立させています。バタフライによれば、この衝撃吸収能力(ダンパー効果)により、ツブの倒れやすさを維持しつつ、相手の強打を抑え、切れ味鋭い安定したカットやツッツキを容易にするとのことです。この「硬くて、でも吸収する」というユニークな特性が、イリウスSの独特な打球感と性能の源泉となっています。
性能分析:公式データと他ラバーとの比較
イリウスSの性能を客観的に理解するため、公式データと兄弟ラバーである「イリウスB」との比較を見ていきましょう。
公式性能指標:安定性と変化のバランス
バタフライは、イリウスS、イリウスB、そして従来の代表的なツブ高であるフェイント・ロング2の性能を比較したチャートを公開しています。これを見ると、イリウスSの立ち位置が明確になります。
イリウスSは総合的な「安定性」で最も高い評価を得ていることがわかります。特に「カットの安定性」と「ツッツキの安定性」が突出しています。一方で、「変化」の総合評価はイリウスBに次ぐ数値ですが、これはラバー任せの偶発的な変化ではなく、プレイヤーが意図して生み出す変化の質とコントロールのしやすさを反映していると解釈できます。
イリウスS vs イリウスB:どちらを選ぶべきか
イリウスシリーズには、より攻撃的で変化を重視した「イリウスB」が存在します。どちらを選ぶかは、プレースタイルに大きく依存します。多くのユーザーレビューを統合すると、両者の違いは以下のように整理できます。
イリウスSが優れる点:
- カットのしやすさ・安定性:弾みが抑えられており、相手の強打に対しても安定したカット返球が可能。
- ツッツキの切れ味とコントロール: 低く鋭いツッツキを安定して繰り出せる。
- 総合的なコントロール性能:自分の意図したボールを送りやすい。
イリウスBが優れる点:
- 変化の大きさ: スポンジがより硬く(48度)、粒が倒れやすいため、より大きな変化が期待できる。
- ブロックの止めやすさ: 前陣でのカット性ブロックなど、短く止める技術に長ける。
- 攻撃のしやすさ: 弾みがあり、鋭いナックル性プッシュなど攻撃的なプレーで性能を発揮する。
結論として、ラリーの安定性を最優先し、自らの技術で回転量の違いを生み出すカット主戦型には「イリウスS」が、前陣でのブロックやプッシュを多用し、よりトリッキーなプレーで攻守を組み立てたい選手には「イリウスB」が適していると言えるでしょう。
使用者レビューから紐解くリアルな評価
公式情報だけでは分からない、実際の使用感はどうでしょうか。多くの経験豊富なプレイヤーからのレビューを分析し、イリウスSのリアルな強みと課題を掘り下げます。
強み①:卓越したツッツキ性能
多くのレビューで絶賛されているのが、ツッツキの性能です。複数のユーザーが「今まで使った粒高の中で一番切れる」「ツッツキが滑らないのが好印象」と評価しています。シート表面の引っ掛かりが強く、粒を倒して切る技術がある選手にとっては、低く、鋭く、回転量の多いツッツキを自在に操れるようです。これは、試合の序盤で主導権を握る上で非常に強力な武器となります。
強み②:自ら生み出す高品質なカット
イリウスSのカットは、ラバーの性能に頼る「反転カット」とは一線を画します。あるレビュアーは「パワーアップしたフェイントロング3」「自ら変化をつけていくタイプ」と表現しています。これは、十分なスイングスピードでラケットを振り切ることで、粒が倒れ、強烈な下回転を生み出すことができる、という特性を指します。
「ちゃんと体重使って振り切らないと落ちる」という声もある通り、技術は要求されますが、使いこなせば「バックカットがさらに安定したうえキレもある」という、守備と攻撃性を兼ね備えた理想的なカットが可能になります。
強み③:意外な攻撃力と「打てる粒高」の側面
守備的なイメージが強いイリウスSですが、「打てる粒高」としての評価も少なくありません。あるユーザーは「相手のドライブボールを反転せずになんなく打ち返せる粒高はこのラバーだけ」とコメントし、攻撃性能が決め手となって愛用していると語っています。硬めのシートとスポンジが、スマッシュやミート打ちの際にボールを弾きやすく、粒高ながら決定力を生み出すことを可能にしています。
課題:なぜ「上級者向け」なのか?
一方で、イリウスSが「万人受けするラバーではない」という意見も多数見られます。その理由は主に以下の3点に集約されます。
- スイングスピードの要求: ラバーの性能を最大限に引き出すには、常に速いスイングでボールを捉える必要があります。中途半端なスイングでは回転のかからない「棒球」になりやすく、相手に打ち込まれるリスクが高まります。
- 「粒を倒す」感覚の必要性: ツッツキやカットで切れ味を出すには、ボールを粒の腹で捉え、意図的に倒す技術が不可欠です。面を立てて当てるだけのプレーでは、このラバーの良さは発揮されません。
- ラバー任せの変化は少ない: ドイツ系粒高のように、当てるだけでボールが揺れたり、強烈に反転したりするタイプのラバーではありません。あくまでプレイヤーの技術で変化を作り出すことが前提となります。
これらの理由から、といった、基礎技術が確立された中〜上級者向けのラバーと位置づけられています。
どのような選手・プレースタイルに最適か?
これまでの分析を踏まえ、イリウスSがどのような選手にとって最高のパートナーとなり得るのかをまとめます。
推奨するプレイヤー像
- 安定性を重視するカット主戦型: ラリーを安定させつつ、カットの回転量に変化をつけて得点したい選手。
- 自らボールをコントロールしたい選手: ラバーの性能に頼るのではなく、自分の技術でボールの質(回転、スピード、コース)をコントロールしたいマニュアル志向の選手。
- ツッツキを武器にしたい選手: 低く鋭いツッツキで先手を取り、試合を組み立てたい選手。
- 十分な練習量を確保できる中〜上級者: 独特の打球感に慣れ、性能を引き出すためのスイングを習得する意欲のある選手。
他のラバーからの移行を考える選手へ
レビューでは、他の日本製粒高からの移行例が多く見られます。
- フェイントロング3 / カールP1からの移行: これらのラバーで「自分で切る」感覚を掴んでいる選手が、さらなる切れ味と安定性を求める場合のステップアップとして最適です。イリウスSは「パワーアップしたフェイントロング3」と評されることが多く、方向性が近いと言えます。
- ドイツ系粒高(グラスD.TecSなど)からの移行: 反転性能や変化に頼ったプレーから、より安定性と自己制御を重視したプレースタイルへ転換したい場合に候補となります。ただし、ボールの性質が大きく異なるため、十分な適応期間が必要です。
おすすめのラケット組み合わせ
イリウスSは硬めのラバーであるため、ラケットとの組み合わせも重要な要素です。硬すぎるラケットと組み合わせると、打球感が硬くなりすぎ、コントロールが難しくなる可能性があります。
個人的な考察ですが、硬いラケットまたは弾みの強いラケットと合わせると強い変化や攻撃力は上がりますがカットの安定性がやや落ちますので、扱いやすさを考えると柔らかく弾みの抑えたラケットの方が組み合わせとすれば合うのかなと思いました。
この考え方に基づくと、以下のような組み合わせが推奨されます。
- 公式推奨の組み合わせ:
- ダイオードV: プレー領域の広いオールラウンドなカットプレー向け。
- インナーシールド レイヤー ZLF: カットの変化を駆使する選手向け。しなやかさと安定性が特徴。
- ユーザーレビューでの使用例:
- 松下浩二スペシャル: 多くのカットマンに支持される定番の守備用ラケット。
- ディフェンシブ プロ: 安定性とコントロールを重視したラケット。
基本的には、弾みを抑えた守備用、あるいはコントロール系の5枚合板や特殊素材ラケットとの相性が良いと考えられます。
結論:使い手を選ぶが、唯一無二の武器となるラバー
バタフライ「イリウスS」は、「安定性」と「自ら生み出す切れ味」という、ツブ高ラバーにおける永遠のテーマに一つの答えを示した製品です。その性能は、決して万人向けではありません。ラバーの自動的な変化に頼らず、自らのスイングと技術でボールを操ることを求める、探求心旺盛な中〜上級者向けのラバーです。
しかし、その要求に応えることができたプレイヤーにとっては、これ以上ないほどの安定感と、相手を翻弄する鋭い切れ味を両立した、唯一無二の武器となるでしょう。まるで高性能なマニュアル車のように、乗りこなす楽しみと、意のままに操る喜びを与えてくれる。それがイリウスSの最大の魅力と言えます。





