はじめに:常識を覆す「厚さ」のインパクト
2024年10月1日に発売されたバタフライ社の新作ラバー「ザイア03(ZYRE-03)」は、その革新的なスペック、特にスポンジの「厚さ」によって卓球界に衝撃を与えました。従来の常識を覆す最大2.7mmという極厚スポンジは、単なる数値の変更に留まらず、ラバーの性能設計思想そのものにパラダイムシフトをもたらす可能性を秘めています。本記事では、この「厚さ」というキーワードを軸に、ザイア03が持つ技術的な背景、性能への影響、そしてプレイヤーにもたらす新たな可能性について深く掘り下げていきます。
ザイア03は、低いツブを密集させた「リコシート」と分厚いスポンジを搭載したラバーです。回転による威力を引き出す”開発コードNo.303″のツブ形状を採用し、うねるような軌道で相手コート深くに入り込む打球を可能にします。
ザイア03の核心:なぜ「極厚」は可能なのか?
卓球のルールでは、ラバーと接着剤を合わせた全体の厚さは4.0mmまでと定められています。この制約の中でスポンジを厚くするには、必然的にトップシートを薄くする必要があります。ザイア03は、バタフライの最新技術を結集することで、この課題を克服し、極厚スポンジを実用化しました。
新技術「リコシート」:薄型シートが厚いスポンジへの道を開く
ザイア03の核心技術の一つが、新開発の「リコシート」です。これは、従来のラバーよりもツブを低くし、その分を高密度に配置するという新しい設計思想に基づいています。この低いツブ形状により、トップシート自体の薄型化が実現しました。
シートが薄くなることで生まれた厚みの余裕をスポンジに割り当てることで、2.7mmという前例のない厚さが可能になったのです。さらに、このリコシートはボール衝突時のエネルギーロスを低減し、グリップ力を向上させる効果も持ち合わせており、厚いスポンジの性能を最大限に引き出す土台となっています。
「スプリング スポンジX」:硬度と軽量化の両立
ザイア03に採用されているスポンジは、ディグニクスシリーズでもおなじみの「スプリング スポンジX」です。その硬度は44度と、ハイエンドラバーの中では硬めの設定です。通常、スポンジは硬く、厚くなるほど重くなりますが、ザイア03はこの常識にも挑んでいます。
その秘密は、ラバーの構造にあります。比重の大きいゴム板であるトップシートを薄くし、比重の小さい気泡の集合体であるスポンジを厚くすることで、ラバー全体の重量増を巧みに抑制しています。これにより、硬度44度、厚さ2.7mmというスペックにも関わらず、スイングスピードを損なわない軽量化を実現しているのです。
「厚さ」のスペックと性能への影響
ザイア03の「厚さ」は、単なる物理的な特徴に留まらず、ラバーの重量、打球感、そしてパフォーマンス全体に大きな影響を与えています。
2.7mmと2.5mm:従来のラバー厚との比較
ザイア03は、スポンジ厚2.7mmと2.5mmの2種類がラインナップされています。ここで重要なのは、この数値が従来の厚さ表記とどう対応するかです。バタフライの公式発表によると、ラバー全体の厚みで比較した場合、以下のようになります。
- ザイア03 (スポンジ厚 2.7mm) ≒ 従来の「トクアツ」(スポンジ厚 2.1mm) と同等のラバー全体厚
- ザイア03 (スポンジ厚 2.5mm) ≒ 従来の「アツ」(スポンジ厚 1.9mm)と同等のラバー全体厚
つまり、ザイア03はシートを極限まで薄くすることで、同じラバー全体の厚みの中で、より多くの割合をスポンジが占める構造になっていることがわかります。
極厚なのに軽量?重量のパラドックスを解明
「極厚スポンジ」と聞くと、多くのプレイヤーがラケット全体の重量化を懸念します。しかし、ザイア03は驚くべき軽量性を実現しています。公式データによれば、ザイア03(2.7mm)は、ディグニクス09C(2.1mm)よりも約2g軽く、ディグニクス05(2.1mm)と比較しても約1g増に留まっています。多くのユーザーレビューでも、カット後の重量が48g〜50g程度と報告されており、これは同カテゴリーのラバーの中でも軽量な部類に入ります。
この軽量化は、前述の「薄いシート+厚いスポンジ」構造の恩恵です。ラケットが重くなりすぎることを防ぎ、スイングスピードの維持に貢献するため、プレイヤーはパワーをロスすることなく、極厚スポンジの恩恵を享受できます。
打球感とパフォーマンス:厚さがもたらす恩恵
分厚いスポンジは、打球時にボールを深く掴む感覚(球持ち)と、高い反発力の両立に寄与します。スポンジが厚い分、ボールが食い込む際の変形量が大きくなり、エネルギーを効率的にボールに伝えることができます。これにより、以下のような性能が引き出されます。
- 圧倒的なスピードとスピン:ボールを深く掴んでから一気に弾き出すため、スピードと回転量を高いレベルで両立したドライブが可能になります。
- 高い弧線と深い弾道:公式性能値でも「弧線: 96」と高く評価されており、打球が安定した弧を描き、相手コートの深くに突き刺さります。元日本代表の水谷隼氏も「ザイアの方が弧線を描いて深く相手コートに入る」と評価しています。
- 向上した耐久性:リコシートの構造により、強い衝撃に対する表面強度がディグニクス05比で約40%向上。ラケットを台にぶつけた際にも傷つきにくくなっています。
厚さがプレースタイルをどう変えるか
ザイア03のユニークな「厚さ」は、様々な技術に特有の影響を与え、プレイヤーの戦術の幅を広げます。
ドライブ・カウンター:圧倒的なスピードと伸び
対上回転のドライブは、ザイア03の性能が最も発揮される場面です。レビューでは「最速」と評されるほどのスピードと、高い回転量を両立した直線的なドライブが特徴です。特筆すべきは、ボールが失速しにくく、相手コートの台上で「伸びる」点です。これにより、相手はタイミングを合わせるのが非常に難しくなります。
カウンター性能も極めて高く、相手の強打に対してラバーが負けることなく、少ない力で威力のある返球が可能です。ただし、その性能を最大限に引き出すには、ボールを厚く捉えすぎず、コンパクトに振り抜く繊細なタッチが求められます。
台上技術と守備:繊細なタッチと意外な特性
攻撃面での評価が高い一方、台上技術にも興味深い特徴があります。
- ストップ:多くのレビューで「非常によく止まる」と評価されています。これは、薄いシートがボールの勢いを吸収しやすく、勝手に弾んでしまうことが少ないためと考えられます。
- チキータ:前に振り抜く攻撃的なチキータに適しています。下回転を力強く持ち上げ、スピードと伸びのあるボールで先手を取ることができます。
- ブロック:相手の回転の影響を受けやすいという意見もあります。これはエネルギー効率が良すぎるため、ただ当てるだけだとボールが飛びすぎてしまうからです。少し自分からインパクトを加えて方向性を決めてあげると、深く鋭いブロックが安定します。
最適な用具の組み合わせと推奨選手像
ザイア03の性能を最大限に引き出すためには、用具の組み合わせが重要です。多くのレビュアーが、アウターカーボンのような硬めで弾みの良いラケットとの組み合わせを推奨しています。ラケット自体にボールを持つ感覚を求めすぎず、ラバーのスピードと回転性能をストレートに活かすセッティングが適しているようです。
このラバーが最もフィットするのは、以下のような選手像です。
身体のキレとスイングスピードに自信のある、スピードボールで連続攻撃を仕掛けていく両ハンドドライブ型の上級者。まさに、すでに両面に使用している戸上隼輔選手のプレースタイルと完全に一致します。
パワーよりもスイングの速さが重要となるため、女子選手や、力に頼らずカウンターで勝負するテクニカルな選手にも大きな武器となるでしょう。
結論:ザイア03の「厚さ」が切り拓く卓球の未来
バタフライ「ザイア03」の核心は、単にスポンジが厚いことではありません。「リコシート」という薄型シート技術によって初めて可能になった「極厚スポンジ」であり、それがもたらす「軽量化」「高反発」「高回転」の三位一体こそが、このラバーの革新性の本質です。
この常識を覆す「厚さ」は、スピードとスピンの限界を新たな領域へと押し上げ、特に前〜中陣での高速ラリーを主戦場とする現代卓球のトレンドをさらに加速させる可能性を秘めています。ザイア03は、自らのスイングスピードで未来を切り拓こうとする、すべての意欲的なプレイヤーにとって、最高のパートナーとなるでしょう。





